星遊び
帰る国を忘れてしまったから平気 と 旅をつづけた
そのひとは
有田忠朗
1
風が大きな野原を渡るように
草の背を乗りついで海の彼方へ
あるいは長い川のある大陸へ
淡々と渡っていった
永遠の夏を宙吊りにして
砂漠のどこかにパスポートを置き忘れても
帰る国を忘れてしまったから平気 と
旅をつづけた
死は生と同じく
あなたの限りない旅の途中の
ひとつの入り口 そして出口だった
あなたが書いた詩は
位置だけあつて大きさのない点の集まりに似て
この世に透明で正確な図形を描いた
読めば 風が茫々と草を靡かせ
海を泡立たせて
あなたが旅立つた跡を教えてくれるだろう
その跡をたどれば
ぼくらはまた
どこかであなたにゆぐり会える
あなたはあなたの死を通して
生きることと死ぬことの意味を
ぼくらに教えてくれた
(さよならは言いません
またいつか)
2
レモンを輪切りにした
碧空に投げると
それは見るみる駆け上がり
灼けつく大気の中で太陽の車となつた
マグナ・グラエキア
その町や岩山で
きょうも石を刻む男たち
魚を揚げる女たち
きみらは見たか
さきほど海を渡つて
南の方へ
すばやく通過して行った
ひとりの死者を
そのひとは
他界のドアをそつと開けると
翼なく さりげなく
晴朗な微笑をたたえて
とおい彼方へ消えた
風の小さなかたみを残して
『同時代』2003年6月号掲載
多田智満子氏への追悼詩
草の背を乗り継ぐ風の行方かな 智満子
セカイにウィンク!
朝 目を覚まして
セカイにウィンクする
「ヤァ!また会えたね
今日もとびきりの1日にしようぜ!」
って
セカイが開く
セカイが ぼくらに応える
結実の樹

11月の誕生色、きっぱりと、生命の間際を燃え立たせる、赤。
リビングの窓の外、サンザシの実が赤く色づいて、艶やかに秋
の日差しを返してる。
サンザシの木は初め、ここより少し離れた場所、キッチンの窓
の方からよく見える場所に立っていたのだけれど、どういうわけ
か幹の部分が枯れてしまい、伐り落とさざるを得なかった。
その木から実がこぼれて来たのだろう、少しだけ家に近づいた
今の場所に、親の樹を引き継ぐように根を下ろし、真っ赤な実
をつけるようになった。
ケルト民族の樹木占いをベースにしたという
木精占いによると、
わたしの生まれた日の守護樹はサンザシなのだそう。
勝手な解釈だけれど、守護樹がそばへ歩み寄ってきてくれたよ
うでうれしい。
夕方、この樹にかかる庇の上に鳥が一羽やってきて、やけに騒
がしく啼いていた。仲間たちを呼んでいるように。
今年もそろそろ鳥たちが、サンザシや柚子の実を啄みに来る頃。
鳥たちはまたその実を、種を、他の場所へと運ぶだろう。
大いなる営みの手の中、生命の引き継ぎが、そこここで交わさ
れていくのだろう。
12月02日 〜12月11日生まれのあなたの守護樹
サンザシ(結実の樹)
冬の訪れを感じ始めるころに生まれたあなた。
冷ややかな美しさを持ち、年齢を重ねるごとに、凛々しさを増
して生きます。人生において、規則正しい生活と、あたたかい
人間関係を築きますが、心の奥底では非日常を求めていま
す。様々な夢を思い描いて、哲学的な思索と芸術的な人生を
送る人も多いはずです。
夏生まれのサンザシと違って、ひとつ目標を決めると迷いま
せん。責任感と正義感が強く、徹底して実践していきます。
しかし、夢中になりながらも一方では、間違った選択をしたの
ではないかと、心配になることもあります。騙されているので
はないかと不安になり、他人をあまり信用しません。それがマ
イナスになることもありますが、あなたの純粋な魂を汚す相手
を、遠ざける力ともなっています。
サンザシは「自分の価値を信じなさい」と諭しています。夢を
かなえたいのなら後悔したり、嫉妬に翻弄されている時間は
ありません。あなたの信念と人生哲学を信じましょう。
●相性のいい樹木・・・ブナ、イトスギ、ハシバミ、サンザシ
『黄金の月』
そして夜空に 黄金の月をえがこう
ぼくにできるだけの 光をあつめて
光をあつめて・・・
ぼくの未来に 光などなくても
誰かがぼくのことを どこかでわらっていても
君のあしたが みにくくゆがんでも
ぼくらが二度と 純粋を手に入れられなくても
夜空に光る 黄金の月などなくても
スガシカオ「黄金の月」
森を出て、陽光のもとへ。

昨日、ブログをお読みくださった方からメールをいただいた。
言葉を尽くし、真摯に伝えようとしてくださるメッセージを読みながら、何かが決壊して、今回初めて涙がこぼれた。
頑なになっていては、自分の精神状態に気付けないこともある。
年齢を重ねるほど、忌憚なくものを言ってくれる人を持たなくてはいけないと、改めて思う。
ずんずんずんずん、森の深くへと分け入り、引き返すことも忘れて、自分で枝折りをつけた場所がわからなくなる。
心の森をゆく時は誰も独り。たとえ隣にいる人間でもそこには立ち入れない分、自分を見失うことも容易い・・。
そしてまたこうして人に掬い上げられ、頭上に昇る太陽を思い出すのです。
ごめんね・・・ありがとう。。
孤独な魂たちが交差する場所 一通のメールに想う

東京では毎日のように電車が止まる。
今日、試験帰りに立ち寄った公園内をゆっくり歩きながら、ある方から寄せられたメールのことを考えていた。
わたしはセラピストでもなんでもないけれど、相談や質問のメールをいただくことがよくある。どうしてなのかわからないけど、十代の頃からそう。彼らとわたしはきっと同じ何かを共有していて、それが感応しあうのか。
いつも至らなくて自分が嫌になるけど、求められるのなら、応えたいと思う。空いた穴を埋めあうことはできないし、傷を舐めあうのでもない、ただ互いの未来を指し示しあうことで通じる道がある。
自己憐憫という飴を舐め続けていたいのなら、セラピストやカウンセラーの時間を買ったらいい。自分から生まれ直す気を持たない人に割く時間も意欲もわたしは持ってない。
けれど中にはほんとに切迫してSOSを発信してる魂がいる。出口を探している魂、気づこうとしている魂・・・。その手にはチケットが握られている。
わたしもそうしてもらったように、向けられたSOSにはフラッグを掲げていたい。わたし自身毎日みんなから教えられる日々だし、微力だけれど、ここに共にいることを。
東京では毎日電車が止まる・・
このリアリティから今日は素通りできずにいた。
「バベル」の登場人物たちのように、お互いに知り合うことがなくても、どこか空の彼方、ひとつの空の下、つながれる場所があるはず。
そんな、魂たちが交差する場所をわたしは跨いで立っていたい。
秋のバラに会いに♪
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